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館内の奉行所のミニチュア模型。
奉行所が大変大きな施設であったことがわかります。
お白州のところは屋根を除いてあります。
最盛時には奉行、組頭、与力、同心、水主、合わせ90人もの大所帯だったそうです。
東半分は小林村です。村には最盛時、家が42軒あり、そのうち16軒が公事宿を兼ね、長期にわたる訴訟などのための宿泊施設となっていました。
下の図は、現在の御薗村小林〔おばやし〕付近の地図で、奉行所のあった当時の水路や主要な施設を重ねたものです。記念館の説明図の一部を拝借しました。
この地区のほぼ西半分が奉行所の敷地で業務を行うお屋敷を中心に、周囲に配下の同心の住居とか、子弟教育のための「申儀館」あるいは火薬庫などが並んでいます。