国道42号線の傍ら、大きな銀杏の木を背にして お地蔵様と観音様が安置されています。
その中の蛇留観音(じゃのめかんのん)には、次のような伝説があります。
 
蛇留観世音  河内伝説
(この伝説は古記録に記されています)
荷坂峠の蛇留観世音(へびとめかんぜおん)の由来
 
 人皇六十五代花山天皇が、庶民の信仰として西国三十三ヶ所の霊場を 開いた平安中期
万寿四年(1027)頃に、紀州田辺家の三人が西国 霊場の参拝しての帰途に、紀州と伊勢
の境である荷坂峠で、約一丈 (3メートル)もある大きな白蛇(しろへび)が池より突然現れ、
彼等三人を 呑(の)まんと襲(おそ)いかかったのです。

 三人はびっくり仰天 (ぎょうてん)驚いたが、その一人が持っていた懐剣(ふところかたな)
を抱(だい) て一心に観世音菩薩を念じたのであります。すると大きな白蛇(しろへび)が
三人に何の危害も加えずに池に戻(もど)り消えたのでした。

 その後、故郷の紀州田辺に帰った彼等三人は、白蛇に襲われたが観世音菩薩を念じ 、
そのご利益(ごりやく)によって命危(いのちあや)うきを助かり喜び、 その出来事を故郷衆
に話したのでした。 その後三人は西国三十三ヶ所霊場の参拝者・熊野詣(くまのもうで)の
安全を祈願して、蛇留観世音堂を建てたのであります。
  以上
 
この蛇留観音は、大内山村の重要遺跡の一つだそうです。