旧豊宮崎文庫(国指定史跡)   ( 伊勢市岡本 )

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古い伊勢の歴史をしのばせる数少ない場所です。
                            旧豊宮崎文庫正門
豊宮崎文庫跡地
 江戸時代豊宮崎文庫(現在の郷土資料館館に近い)のあったところ。敷地内には焼失を免れた唯一の正門と数個の石碑とオヤネザクラを残すだけです。

 オヤネザクラは今でも伊勢市の春に彩を添えてくれています。

石碑についてはNEXTページをご覧ください。

更に詳しい情報
旧豊宮崎文庫
 この文庫は、内宮の林崎文庫とともにわが国における図書館史上に異彩を放つ施設である。
 慶安元年(1648)、外宮権弥宜出口延佳の首唱により、祠官、山田三方、町年寄りの協力の下に創設された。

 文庫の経営は籍中と称される有志により行われ、寛文元年(1661)、山田奉行所八木伹馬守は幕府に請願して文庫の永代修繕費として二十石の寄進を受けた。
 以来、外宮祠官子弟の修学道場として発達し、図書館と一種の学校の生活を併せ持ち、文庫内には書庫、講堂等があり、また十七条の文庫令条を設け、毎月一定日に神典、儒書等の講義がありました。
 時に貝原益軒、伊藤東涯、大塩中斎等の多くの碩学の来講もあり、公家、山田奉行、御師、学者等からの多くの書籍の奉納で、充実した施設となったのです。

 明治元年(1868)、この文庫は廃止され、宮崎学校が開設された。同十一年には火災により講堂が焼失した。しかし、厄災を免れた二万余冊の書籍類は神苑会を経て同四十四年に神宮へ献納され、現在は神宮文庫に所蔵されています。

    オヤネザクラ  2007・4・3
お屋根桜   
 豊宮崎文庫の主唱者であった、出口延佳の屋上に生えたサクラを旧豊宮崎文庫に移植したことから「オヤネザクラ」の名称がついた。一方では、外宮の屋上に生えたサクラという説もある。
 オヤネサクラはヤマザクラの新品種として昭和三年発表された。
その後絶滅したと思われていたが昭和53年四株のオヤネザクラが確認され現在旧豊宮崎文庫内に二株の原木が健在です。
市指定天然記念物とされています。


全文 郷土資料館資料参照

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インフォメーション  

旧豊宮崎文庫の内部(お庭あるいは石碑など)の見学は毎年3月末から4月初めで、
詳細は伊勢市の広報でお知らせしています。
交通機関 JR・近鉄伊勢市駅下車、外宮の方へ徒歩15分
     三交バス 明倫小学校前下車すぐ
開館時間  午前9時~午後4時30分

マップ
 

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