川上の乙女岩   ( 度会町川上 )

伊勢志摩きらり千選
推薦のことば
A.其の昔、天照大神が奈良芦原の都より伊勢の国へ御行幸の折、川上、乙女岩の上にて一夜を明かされた
  との言い伝えを 先代故人より伝え聞いて居ります。私共川上老人倶楽部に於いて、年に一、二度清掃
  などを行って居りますが、世の人には忘れ去られ勝にて、日の目に当たる折も少なく静かに眠って居
  ります。願わくは世の人に少しでも語り伝えられて居る伝記の古財を御紹介して戴ければ光栄と存じ
  ます。川上老人倶楽部一同。(度会町、79、男)
B.川上地区にある巨岩で、倭姫命が休息されたとされる伝説がある。岩上からの見晴らしがすばらしい。
  (伊勢市、52、男)
                    山側から見た岩の上面 2004-9-17
乙女岩
  乙女岩は一之瀬川の上流、川上地区にある巨岩です。右岸の尾根の中腹に聳え、高さは登り口から36メートル。
  岩の頂上は5メートル四方の平らで、畳が敷けそうな形をしています。

  昔、倭姫命が天照大神の鎮座地を求めて度会の地を巡幸する折り、大宮から藤越を越えて川上の地を訪れ、長旅に疲れてこの岩の上に休息し、大神をここに休ませられた、との伝説があります。

 なおそのとき、それを聞いた村人が命に玉串を捧げたのを、命はたいそう喜び、「玉串」の姓を与えたので、現在もその姓を名乗る人がいるとのことです。

久具にまつわる巡行伝説
「倭姫命世記」によると、
  倭姫命は大和から伊賀、近江、美濃、尾張などを経て伊勢に入られた。伊勢では桑名、安濃を南下し滝原(大宮町)に入られ、ここにしばらくとどまられた後に度会町へ移られた。

  垂仁天皇廿六年、倭姫命が皇太神を奉じて滝原より大河の南の道を経て和比野(和井野)を過ぎ、久具付近に至った。その時に久求都彦(くぐつひこ)が来られたので、命(みこと)が国の名を問うて久求小野と答えたので「久求社」を定めたとある。

  対岸から見る乙女岩2004−9−17 拡大
  岩上から川上の集落を見る2004−9−17 拡大
岩の上から下界を眺めると
  この大岩、上面が谷川に向けて少し傾いているので、
転げ落ちないように恐る恐る下を見ると、南中村へ通ずる一之瀬川の谷あいの道とそれに沿った川上の集落が一望され、絵のような風景です。


  現在(2011)川上地区は戸数が17、乙女岩を守る会があり、会長は川上法性寺(ほっしょうじ)の住職さんです。
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インフォメーション  

 川上地区は、県道22号(伊勢南島線)を南中村で西に折れ151号(度会大宮線)を2キロほど。
 川上バス停から乙女橋を渡り、道路をしばらく進むと左手の山に大きな岩が点々と見えてきます。乙女岩の看板のある登り口から林の中を50mほど登ると乙女岩です。

 


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