野見坂峠道と褶曲地層   ( 南伊勢町道方 )

伊勢志摩きらり千選
推薦のことば
野見坂峠から見た入り江の風景:能見坂トンネルをくぐると別世界に出たように気温も湿度も変わる。
     特に春は一足早く、ほんわかした中に海も山も人も存在している。輝く海も小鳥のさえずりも、
     すべてが豊かな心にしてくれる。癒し効果満点です。(南島町、56、女)
野見坂:度会町から南島町、道方への峠は険しいですが、春は桜、秋は紅葉です。(御薗村、36、女)

野見坂の褶曲地層:峠の褶曲地層は県天然記念物となっている。(伊勢市、73、女)
   2004年伊勢志摩きらり千選デジタルフォトコンテスト入賞作品 2001-8-12
野見坂峠から見る
     贄湾の入り江
  左の写真は野見坂の峠道から撮った贄湾の入り江で、2004年伊勢志摩きらり千選デジタルフォトコンテスト入賞作品です。

  多分、南島の地区に育ち、この地を出て行かれた多くの方が、この古い峠道をバスで帰ってこられた時に
  「ああ、ふるさとにもどってきた」
と感激を持って、感じた風景ではないでしょうか?


  でも残念ながら、今の新しい道路では、この景色は味わえません。
旧伊勢南島線の道路作りは苦労の連続
   この野見坂峠を通る道作りは苦労の連続だったようです。

  南島町史を参考にしますと
  古くは急峻な山道ながら、南島街道として人々の徒歩での行き来がありました。一之瀬谷側からは木炭を運び、道方から江戸・紀州へ御用炭として積み出し、南島側からは塩や魚を運んでいました。また熊野詣の脇道でした。

  しかし、時代の要請で荷車や馬車が使える道が求められ、1884年(明治17)以降 改修工事が何度か行なわれました。
  中でも大変だったのは、野見坂峠トンネルの工事で、計画から30年かかり、1928年(昭和3)にやっと完成しています。以降何度か道路改修の末、バス道路としても使えるようになったわけです。

  やがてトンネルの掘削方法も進歩し、大きなトンネルが作られるようになり、2002年(平成14)に峠道の大半をトンネルでつなぐ、新しい県道22号の誕生となりました。今では野見坂を越えるのはあっという間です。

         2012−9−10 拡大
               褶曲地層 2004−11−7
           (ポインタをあてて見える画像は)褶曲地層のある場所
褶曲層の露頭
  この褶曲地層は、現在の県道の野見坂南トンネル入り口の脇にあります。

  傍らの説明板には
  「天然記念物、能見坂の褶曲(昭和16年10月14日 県天然記念物指定)

  はるか昔激しい地殻変動により、縦・横・斜等種々の方向に地層が走り、乱舞しているかのように見え、興味深いものがあります。

  南島町の誇るリアス式の美しい海岸線も、きっとこの地殻変動によるものであろう。」  とありました。


   また、南トンネルから2〜3キロ、道方へ下ると道路沿い右側にも褶曲地層があります。

伊勢ビデオサークルさんの動画作品で、題名「ふかたい」です。
  志摩市の海岸地域の褶曲の様子を捉え、その成り立ちをわかりやすく説明しています。
私もオススメ

なつかしくなり!!
  昭和18年阿曽浦で生まれ、中学まで育ち、高校は伊勢市古市町で下宿しながら通い、また、大学は東京で、丁度東京オリンピックの頃過ごし、夏休みや冬休みになるといつも故郷へ帰るのが常でした。三交バスセンターで道方ゆきのバスに乗車し、まだ未舗装のデコボコ道を揺られながら、1時間余走ると旧能見坂トンネルを抜け眼下に太平洋、水平線そしてわがふるさと、となんとも言えない感慨がわいてきたものです。久しぶりにこの風景を見、なつかしい感慨にひたりました。
小学生時代の思い出
  小学高学年の時、桜の満開の時期、阿曽浦から渡し船に乗り、道方へ渡り、そこから徒歩で能見坂峠をてくてくと登り、旧能見坂トンネルの暗闇を肝試しに歩いた、思い出があります。登る途中、桜のきれいなのと、振り返れば水平線に、海、山の雄大な景色と、疲れを忘れさせる魅力があった、記憶があります。
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インフォメーション  

南伊勢町道方。県道22(伊勢南島線)能見坂峠新トンネルの南島町側入り口付近。

マップ
 


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