18.贄(にえ)遺跡   ( 鳥羽市安楽島町  )

伊勢志摩きらり千選
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  安楽島町二地浦の一帯を贄と言う。昭和47年同湾周辺にマリーナ建設計画があり、調査を行い遺跡であることを確認した。二次にわたる発掘調査の結果、縄文〜古墳時代の土器や遺構が多数発見された。鳥羽市の原始、古代を代表する貴重な遺跡であるが、現在ホテルになっており、庭に説明板があるだけである。(鳥羽市、67、男)
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 遺跡はホテルの庭園となっています 2003-12-8
縄文から平安にいたる遺物が層になって
  贄遺跡は縄文中期の始めから平安時代にいたる各時代の遺物が層をなして発見された学術的にも貴重な遺跡です。
  各種の土器、石器、銅製品、鉄器類、玉などの装身具、更に、金メッキのある革帯金具、古銭などが多数発見されました。

  発掘は1972年11月から5ヶ月にわたって行われ、発掘品は現在、市の教育委員会に収蔵されています。また現場は埋め戻され、ホテルの庭園になっています。

拡大表示は対岸からの風景です。

静かな美しい入り江、二地浦
  贄遺跡は鳥羽市の生浦湾に面した小さな入り江、ニ地浦にあります。穏かで、静かな美しい入り江です.

  対岸には鳥羽竜と名付けられた恐竜の発掘現場があります。

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   製塩用土器(庭園の説明板から)
製塩のための土器
  発掘品の1つ、製塩のための土器です。ある程度濃度を上げた塩水をこの器に入れ、下から火であぶり、塩を造ったと考えられ、平安初期のものとされています。
(拡大表示にホテルの庭の製塩の説明板を載せました)

  この遺跡で興味を引くことは、
 ・人骨や獣骨、貝殻等が全くでなかったこと、
 ・多種類の金メッキされた革帯金具や祭祀用に使われた銅鏃の出土、
 ・品位の高い土器などの出土,    
などです。こうした事実からこの遺跡が古代では特別な場所だったのではないかと想像されています。
 (参考:鳥羽市教育委員会発行贄遺跡報告書)

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