153.汗かき地蔵と思案地蔵
( 志摩市大王町波切 )
〔汗かき地蔵祭〕
A.海から上げられた石の地蔵が不思議にも汗をかき、その汗で吉凶を占うという伝説の祭りである。(大王町、45、男)
B.県道に立ち並ぶ出店が懐かしい縁日の雰囲気を残しています。(大王町、ー、男)
C.白と黒の汗をかいて吉凶を占う地蔵尊はめずらしいので。(大王町、17、男)
〔思案地蔵〕
天保元年に起こった波切騒動の犠牲者を弔う為に祀られた地蔵です。こくびを傾けた姿でとても愛嬌があります。(大王町、45、女)
汗かき地蔵祭
汗かき地蔵は、波切の堂の山、薬師如来の境内の地蔵堂に祀られています。
何と石の地蔵さんが,その年がよい年であれば白い汗、悪い年には黒い汗をかき、その汗の色で吉凶を占うと伝えられています。
天文年間(1532〜54)漁師の惣左衛門の網に掛かったものとされ、詳しくは境内の説明板(中央の写真の別画像)をご覧ください。
縁日は2月24日。境内前の道路に露天商も出てにぎわいます。
堂の山
波切の「堂の山」は薬師如来堂があることから、こう呼ばれていますが、地蔵堂のほか、多くの民間信仰のお堂が並ぶ、この地域の「祈り」の山です。
・汗かき地蔵堂、
・思案地蔵堂、
・(八十八の観世音像の)鐘霊堂、
・庚申堂、
・馬頭観世音堂,
・役の行者堂、
・大日如来堂 です。
波切氏佛協会で管理がなされ、汗かき地蔵祭や厄除け祈祷などの法事は波切三ヶ寺〈仙遊寺、大慈寺、桂昌寺)の住職が一緒に勤めるのが慣例になっています。
祭でにぎわう薬師堂境内
2005−2−24
思案地蔵
思案地蔵は江戸時代末に起きた「波切騒動」で亡くなった人々を供養するため,当時の仙遊寺の住職によって発意されたものです。事件の内容は諸説あり、真相は分かりにくいのですが,ここでは大王町史の説明を要約します。
天保元年(1830)幕府直轄地の代官所への納入米を積んだ船が大王島沖で遭難した。沖を漂流中の難破船を漁民が発見、船中の大量の「濡れ米」を持ち帰るが、江戸へは米を積んだまま船は沈没と報告。
翌年、役人が夜更けに波切に取り調べに出張、里人は強盗と間違え一人を殺してしまう。密告があり、殺人が発覚、庄屋以下14人が江戸送りとなり、牢死し、475名の村民が罰せられた。
この内容は一説として「波切騒動始末」(岡賢著)に詳しい。また「志摩のはしりがね」(岩田準一著)の中の付録に当時の藩吏よる資料の写しが載っている。いずれも伊勢市図書館蔵書。
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志摩郡大王町波切
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